今 春が来て君はきれいになった=パンジー [野の花]

1974(S49)年3月12日、早春の東京駅を舞台にした名曲がリリースされました。かぐや姫のアルバム”三階建の詩”に収録された「なごり雪」伊勢正三作詞、作曲です。 伊勢さんは東京駅での旅立ち、別れをモチーフにしながら彼の古里、大分県津久見駅のホームでの優しい別れ、つらい別れが重なって出来上がったと云っています。それは伊勢さんもその津久見駅から旅立ったからです。「なごり雪」はその大分の雪で降っても決して積もらない、地面に接した瞬間に融ける雪をイメージしたと云います。リリースの翌年、かぐや姫は解散しましたが、「なごり雪」は徐々に評判となりリクエストも多くなってきたところでイルカさんが歌い爆発的なヒットとなり50万枚を売り上げました。それは発売前からヒットの予感があったとイルカさんは語っています。 
それから30年、大林宣彦監督は名曲「なごり雪」を題名もそのままで映画化しました。舞台は伊勢正三さんの古里の隣町、古い町並みを残している小さな城下町、臼杵市に設定し、多感な高校生から大学生へと移っていく切ない感情を降っては融けるなごり雪に託した物語です。 梶村祐作のもとに高校生の時の親友、水田から28年ぶりの電話が始まりでした。古里に帰ってこないかとの誘いでした。いや、帰って来てくれないかとの要請でした。水田の妻、雪子が交通事故にあって危篤だと云うのです。祐作は28年ぶりに臼杵の駅に立ちます。臼杵での30年前の日々が蘇えります。祐作は雪子に思われ、水田は雪子を思って過ごしたその時代が流れるのです。「空から降る白い雪の雪子です」初めて祐作と言葉を交わした雪子でした。そして、祐作と水田と雪子の交流が始まるのです。やがて、祐作は東京の大学に進学し、臼杵に帰ってくるのは夏休みとお正月休みです。その都度雪子と水田は臼杵駅で出迎え、その駅で見送るのです。雪子は祐作に今度は私が東京へ行くわ、そして東京駅で祐作さんに見送ってもらう、私は汽車に乗る貴方はホームで時計を気にしている。その時、きっと雪が降る。お別れはこれが最後、だから東京で見る雪もこれが最後。しかし、雪子の願いは叶いませんでした。その冬、祐作は帰らなかったからです。翌年の夏、祐作は東京からゼミ仲間の菅井とし子を伴って帰ってきます。雪子の心は乱れます。そして、祐作の母の死の時も祐作はとし子を伴って葬儀に出ました。葬儀の後、臼杵駅のホームで祐作を見送る雪子は祐作に来年の春には必ず帰ってきて、その時私は17才、貴方は私を見て、きっと「春が来て君はきれいになった。去年よりずっときれいになった」と云うわ。28年前の雪子と祐作の約束でした。
汽車を待つ君の横で ぼくは時計を気にしている 季節外れの雪はこれが最後ね と さみしそうに君がつぶやく なごり雪も降る時を知り ふざけすぎた季節のあとで 今 春が来て君はきれいになった 去年よりずっときれいになった








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